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hitokadohノヒト

はり灸 一香堂のひとが書いてます。

「FUCK IT」で見っけ!

FUCK IT 「思い込み」をぶっこわせ!: 人生が劇的に軽くなるひと言 (単行本) 

ジョン・C・パーキン著

 

過激なタイトルではありますが、内容はシンプルにみえて実は深い。

比喩がイケていて、なかなか良いです!

Rockな感じも、かなりツボ。

 

そして、なぜか、「鍼」とか「経絡」が例えに使われています。

 

おまけの章で紹介されている「ゆるめるエクササイズ」では、効果を説明する部分で、○○の経絡が活性化される、とか、○○の経絡がスムーズに流れるようになる、とか、具体的な経絡の名前が挙げられています。

 

全然関係なさそうな本で「鍼」のこと見つけると、なんだか嬉しいです♡

 

ご一読を!

 

いのち磨きのお手伝いいたします、一香堂より。

美容鍼に対する偏見

一香堂では、オプションのひとつとして、美容鍼灸を提供しております。

www.hitokadoh894.com

 

実は、美容鍼灸をコースに入れるのには抵抗がありました。

私が通っていた鍼灸学校は(当時は)古典鍼灸が主流で、現代鍼や美容鍼は「鍼ではない」という雰囲気が何となく残っていました。

自分自身そういう偏見はないと思っていたのですが、いざ、自ら提供する側になった途端に迷いが出てきました。

 

美容鍼灸の効果は認めているし、「鍼やってます。」と言うと、「美容鍼を受けてみたい。」という女性に数多く会います。

鍼灸のよさ・素晴らしさというものを知ってもらうために、「美容」はよいきっかけになります。

 

要は自分の捉え方だ…と頭ではわかっているのですが、「易きに流れているんじゃないか?」とか「治療から逃げているのではないか?」とかいう問いが浮かんできていました。

かといって、「自分は名人でもなし、そんな格好つけている場合ではないだろう〜」というツッコミも、同時に浮かんできたりして。。

でも、無理矢理折り合いをつけるのも、なんだか嫌で。。。

 

そんなグルグルした思いを抱きつつ、「とりあえず体験してもらおう。その後どうするか決めればいい」と決心がつきました。

 

ある日、70歳を超えた母親に「美容鍼っていうのがあるけど、受けてみる?」と聞いてみました。それまで「70歳過ぎた人に、美容鍼なんて必要ないだろう」(失礼!!)と無意識に思っていて、対象から外していました。

案の定、「どっちでもいい」という返事。とりあえず体験してもらいました。

治療終了後、「どうだった?」と感想を求めると「いい氣持ちだったけど。」という返事。そして、鏡を渡して自分の顔を見てもらいました。

そうしたら、鏡を見て、何かキラキラし始めたんですね〜。

そのキラキラは、いわゆる普通の治療後のキラキラとは違ったのです。

 

改めて思いました。

女性はいくつになっても、きれいになった自分を見ると、キラキラするんだな〜。

さらに、治療後の氣分は明らかに上機嫌!喜び度数が、嬉しさ度数が、高い!!

「きれいになった」キラキラは、パワフルな元気の源なんですね。

 

70歳超えた母が美容鍼を受けた後のキラキラを見たら、自分が持っていたちっぽけな偏見は溶けて無くなりました(笑)

 

いくつになっても、キラキラになりましょう!!

70歳超えでもキラキラなれます。

 

いのち磨きのお手伝いいたします、一香堂より。 

一香堂が考える「健康なからだ」とは

私たちのからだは、ひとつの有機体です。それを、小宇宙と呼んだりします。

私たちのいのちを運ぶため、私たちのいのちを表現するため、細胞、組織、器官ひとつひとつが人智を超えたネットワークをもち、からだはからだとして保ち続けます。機能し続けます。

私たちのからだは、自然ともつながっています。

四季の移り変わりとともに、月の満ち欠けとともに、日が昇り沈みまた昇る一日とともに、からだは変化し対応し続けます。

からだは、からだだけでなく、自然(大宇宙)の一部でもあるといえます。

 

巡っている『からだ』

健康なからだは常に巡っています。

からだの内では、細胞間で常に「巡り」が起こっています。血液が巡り、酸素、栄養を吸収し、二酸化炭素、不要物を排出しています。

からだの外では、自然との間で常に「巡り」が起こっています。大気、気温、湿度、気圧などから、私たちのからだは影響を受けています。

からだの内でも、内と外の間でも「巡り」がよどみなく起こっている、それが健康な『からだ』であると考えています。

 

柔軟に対応する『からだ』

健康なからだには「柔軟に対応」する力があります。

生きていると、いろいろな変化が訪れます。

一日の変化、季節の変化、年齢の変化等、さまざまな変化の波乗りが上手くいかないとき、からだは傷んだり病んだりします。

これら変化の波をたやすく軽やかに乗り越える、それが健康な『からだ』であると考えています。

 

身心一如

「身心一如」からだと心は一体である。

この言葉、禅の言葉としてよく知られています。心身一如とも書かれますが、からだへのアプローチを提供しているし、道元禅師もそのように記されているようなので、「身心一如」を使います。

日本ではかつて『からだ』と言ったとき、単に肉体だけのことを指しているのではありませんでした。今はこの概念、日本の伝統文化・「道」と名が付くもの(茶道、武道etc.)の世界で見ることができます。肉だけでなく「氣」も含めて『からだ』です。

「氣」(=精神、エネルギー)も「血」も心地よく巡っていて、変化にしなやかに対応する、それが健康な『からだ』であると考えています。

以上、一香堂が考える「からだ」観でした。

 

いのち磨きのお手伝いいたします、一香堂より。

ひとくちに「健康」といいますが

何をもってして「健康」というかは、人それぞれです。

病気じゃないこと?……かと言って、病気じゃない人がみんな健康に見えるか?というと、そうも言い切れません。

五体満足のこと?……じゃあ、例えば、手がない人が不健康か?というと、そんなことは全然ありません。

 

ある意味、不調・病気というのも、健康である証拠。

よく言われていることですが、不調・病気はからだや心からのサインです。

このままの状態で変らないと、「いのちが消えますよ」「休んでくださいね」「からだのことを考えてくださいね」というメッセージです。

からだは賢いもので、生命維持に遠い機能から切っていきます。

例えば、首やら頭やらガチガチで、これ以上硬直状態が続くと、頭の血管がダメになってしまう、そうしたら、脳機能が危ない!!

頭の血管がブチっとなる前に、肩が痛くなったりぎっくり腰になったりします(注:肩が痛い人、ぎっくり腰の人すべてが、頭の血管が切れそうだったという訳ではありません)。

からだにとってみれば、肩や腰が痛くなるより、脳機能がダメになる方が重大問題です。

からだの生命維持機能が働いている結果、からだは不調・病気という形で、サインをくれているわけですね。

そのサインを無きものとして見逃していると、その声はどんどん大きくなります。

 

声にいつ氣がついて、いつ対処するのか?いつがいいのか?

それを決めるのは、あなたのいのちの感受性や耐久性、柔軟性などです。

 

今まで「これは氣のせい」と思って無視してきたこと、少し氣にしてみてもいいかもしれません。少しゆったり感じてみてもいいかもしれません。

 

そんなことする時間がない?

わかります、わかります、お忙しいのですよね? でも、そんな何十分も必要ありません。

 

自分の呼吸、10回感じてみてください。

あなたはどんな風に息していますか?

空気吸うのが大変?吐くのが大変? 胸は息で動いている?おなかは? 気管に入っていく空気を感じる?

 

首をゆっくり回してみてください。左と右、ゆぅっくりと〜。

あなたの首はどんな風に動いていますか?頭の重さ、感じますか?

首がくるりと回るのを感じる? どこかでつっかかる? 頭って結構重いよね? 首がのびて心地いいところとか、ある?

 

呼吸が浅いからといって、

首回したらボキボキ鳴ったからといって、

「ダメだわ」とか「直さなきゃ!」とか思わなくても全然いいです。

「今の自分、こんなんなんだ〜」とまず受け止めてみましょう。

 

すぐ「直そう」と思う前に、今のからだをただ感じるだけ。

不思議なもので、ただ感じるだけ、今の状態を受け止めてあげるだけで、

からだは、なんだか「ほ〜」っとします。

 

あなたと一緒に生きている「からだ」のこと、

忘れていませんでしたか?

ただ毎日生きているために、「からだ」が何をしてくれているか、

忘れていませんでしたか?

 

まず、「からだ」のことを思い出して、

一緒にいることに氣がついてみましょう。

 

いのち磨きのお手伝いいたします、一香堂より。

私の原風景

個人的なブログは細々と書き続けていますが、鍼灸師としてのホームページを開設したのでブログも新しく始めてみました。

現在、出張所という形式でやっています。

神楽坂と西荻窪の2カ所で、いずれも昭和の古民家の建物です。

古い建物が今も大切に使われている、というのはいいですね。持ち主の愛を感じます。

古いが故に今ではなかなか手に入らないりっぱな木材で作られていて、建物も生きていて呼吸しているのを感じます。

 

そして、古民家で治療するっていう行為が、私の鍼の原風景とつながっていることに氣がつきました。

私の中の、最初の鍼の記憶は、祖母についていった鍼の先生のお宅です。今から40年以上も前です。

先生は、ご自宅の2階の一部屋で鍼をされていました。玄関を入ってすぐに階段があり、その階段を上がっていって左手に、その部屋はありました。

神楽坂の場所も西荻の場所も、部屋は2階です。別の建物なのですが、その階段を上がっていく感じは、幼い私が祖母と一緒に上がっていった階段を、なぜか思い出させるのでした。

意図していたわけでもないのですが、そういう場所とご縁があったのも、その原風景が無意識に残っていたせいでしょうか。。。

 

ホームページはこちらです。

www.hitokadoh894.com

 

いのち磨きのお手伝いいたします、一香堂より。